My Life My Story 子育て、育児を中心としたブログです

息子は大動脈弁狭窄症という先天性の心疾患。生後1ヶ月でロス手術を経験。今は2歳になり元気に過ごしています。そんな闘病日記をはじめとしたことを書いています。

子供にオススメの絵本

先日絵本についての記事を書きましたが、うちの子供が好きな絵本をいくつかご紹介致します。















紹介したような絵本は娘が0歳から現在(もうすぐ3歳)までによく読んであげていた絵本で、今は1歳の息子が好んでいます。いろんな種類の絵本を読んであげることも大切ですが、一つの絵本をたくさん読んであげることも大切なことのようです。 

娘は最近「ももたろう」など内容がしっかりしたものが好きになってきました。何度か読み聞かせたら内容を覚えたようで、弟に読んであげたりしています。もちろん文字はまだ読めません。

絵本好きな娘

絵本が大好きな娘。生後かなり早い時期から絵本を読んであげていたので、絵本がとても好きになってくれたようです。


本屋の前を通ると本屋へ行きたいと引っ張られます。先日も本屋に立ち寄ると、偶然その日は絵本の読み聞かせがあり、参加してきました。


始まる前は緊張していたのか近寄ろうとしませんでしたが、読み聞かせが始まると自ら近くに行って正座をして聞き入っていました。


とても行儀良くしている娘に親バカな私は感動。


本を読む機会が少なくなっているこのご時世、本屋でもこういったことをやってくれるのはいいですね。読み聞かせをやってくれた方は大学生でしょうか。保育士を目指している方のように見えましたが、子供のツッコミにも優しく対応していてなんだか子供も楽しそうでした。


ちなみに、娘に初めて買ってあげた絵本はこちら。


今でも大好きな絵本です。いろんな種類の絵本を読んであげることも大切ですが、一つの絵本をたくさん読んであげることも大切なことのようです。 

ベランダで遊べるビニールプール購入

今年は早くも梅雨明けしたようですが、とにかく暑い。暑さで子供もバテ気味だったので、ベランダであそべるようにビニールプールを買いました。



この大きさを口で膨らませるのらさすがに無理だし、足で膨らませるポンプでもできる気がしなかったため、電動の空気入れを購入。


これがあっても10分近くはかかりました。

そして完成したのがこちら。

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大きさもぴったり。

ベランダといっても屋上で日差しを遮るものが何も無いため、屋根付きで正解でした。しっかり屋根を止める部分もあるし底にも空気を入れることもできたので、この値段の割にはコスパはかなり良いのではないでしょうか。

しかし娘は怖くてなかなか入ろうとしなかっあため、私もはいることに。

準備の段階で既に私は汗だくでしたのでプールが気持ちよくてたまらない。娘もゲラゲラ笑いながら遊んでいました。

私はプールで寝転がって空見上げていた時が最高に気持ちが良く、これからの休日の一番の楽しみとなりそうです。

しかし後片付けでまた汗だくで大変。

子供が楽しそうに遊んでくれるならそれで満足です。息子も来年は一緒に遊べるようになるでしょうかね。


またまた手術が延期に

昨年6月に生後1ヶ月でロス手術をした息子。
※ロス手術の経緯はこちら↓
http://twi1242.net/archives/2644620.html

問題のあった大動脈には自分の肺動脈を移殖していますが、肺動脈には人口血管が入っており、成長に伴い人口血管のサイズが合わなくてなってきたため、交換する手術を5月22日に予定しておりました。


しかしその日は風邪をひいたため手術は延期。再調整して6月25日に行う予定でしたが、再び風邪をひきまたまた延期。こどもは1ヶ月くらいのサイクルで風邪を引くため、1ヶ月の延期は危ないと思っておりましたが、予感は的中でした。しかし有名な先生の手術のため、すぐに手術の予定を入れられるわけではないようです。そしてようやく手術の日程も決まり、7月中旬にはできることになりました。


手術計画を立てた時はまだ掴まり立ちも出来なかったのに、今では立てるようになりました。そして最近は2、3歩は歩けるようになりました。一度心臓を止める手術のため、動けるようになるにも時間がかかるようです。今のうちにたくさん成長しておいてもらいましょう。


しかしまだこのタイミングでは手術をやりたくないと言う息子の意思表示なのでしょうか。親はここに向けて様々な準備をしているため、また準備のやり直しをしなければなりません。次は大丈夫なのでしょうか。


息子よ、早く落ち着いておくれ。


まぁでも生まれる前の検診の時には無事に生まれて来られるか分からないとか、生まれたとしても手術室までたどり着けるのだろうか、外の環境に耐えられるかなど様々な不安があったのに今ではこんなに成長してくれているので、普段の生活をしているとついつい忘れてしまいますが今のこの状況にも感謝しなければなりません。

娘とのその後について

先日、娘に怒鳴り付けてしまったということを書きましたが、その後について書きます。


先日書いた記事はこちらです。↓
http://blog.livedoor.jp/iwt1242/archives/9952802.html

娘が朝の時間が無い時に保育園に行こうとしなかったため怒鳴ってしまったのですが、そのことで娘も私に対して怯えてしまい、私も激しく心を痛め、一日中そのことについて考えていました。その日(水曜日)の夜は会社から帰ると娘は寝ていたため、娘に会ったのは翌日木曜日の朝でしたが、まぁ特に何もなく普段通りの朝の時間を過ごしていました。

しかしその日も娘は保育園に行きたくない病であり、行きの自転車ではずっと泣いていて、保育園に着いて別れる際も泣いてもいました。別れる際、「パパがいいのー!」と泣いていました。 保育園も毎日たのしんでいるようではありますが、最近では少し寂しいのでしょうか。そして翌日金曜日の朝も同様に泣いていました。
 
金曜日は息子も病院へ行かなければならなかったため、会社は休みを取って病院に行きました。病院は早く終わったため、珍らしく私が保育園のお迎えに行くことに。保育園に到着して娘が私を見つけると、普段お迎えに来るはずがないパパを見つけた5秒ほど硬直していましたが、すぐに全力で私に向かって走ってきました。

土曜日は娘と二人で戸田市こどもの国に行ってきました。たくさん遊べて満足できたのでしょうか。昼ご飯はうどんを食べて全力で喜び、帰りにアイスを食べてすっかりご機嫌になっていました。


最近わがままが多かった娘は息子が入院することを感じ取って寂しくなっていたのかもしれませんが、とりあえずこれでしばらく様子見というところでしょうか。もちろん悪いことをしたら親としては怒らなければなりませんが、あまり怒り続けて娘がネガティブになってしまっても困るので、楽しい思いをさせてみます。
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娘に激しく怒鳴ってしまったことについて

今日はもうすぐ3歳になる娘について書きます。


娘がようやく歩けるようになったくらいの頃からよく2人で出掛けており、2人で牧場や動物園に行ったり、ほぼ毎週近所の公園にも遊びに行ったりしています。毎朝娘を保育園に連れて行くのも私の仕事です。


娘とは仲も良く、娘もよく私に付いて来て一緒に遊んでます。


息子のことでたくさん我慢させてしまっていることもあり、わがまま言っても多少大目に見ているところもあります。


まぁ他の子も同じだろうとは思いますが、若干わがまま度は高い子かもしれません。


いつもは朝の保育園に行く時はルンルンで行っているのですが、今週はなんだか寂しいのか、保育園で別れる際にむぎゅーっと抱きつかれたり、泣かれたりしていました。


そして本日、家から出発する際に大泣き。ママがいいーっとギャン泣きされ、全く家から出ようとしない。雨だったので歩いて保育園に行く予定でしたがこれでは全く辿り着かないと思い、ベビーカーに無理矢理乗せたら暴れまくったあげく、ベビーカーから転落。ベビーカーには乗らないので片付けるため一度家の中に入るとそのまま靴とレインコートを脱ぎ捨て、逃げるように階段を駆け上がって行く娘。


さすがに時間が無くなりこのままでは私も会社に遅刻してしまう時間になってきたけど全く言う事を聞かない娘に激しく怒鳴ってしまいました。ここまで激しく怒鳴ったのなんてここ20年で初めてというくらい激しく怒鳴ってしまいました。

娘は完全に怯えてしまい、もう動けなくなってしまい今日は俺が保育園に連れて行くことは断念。なんとかママと一緒に行くことなになりました。


保育園に寄らないため20分ほど時間が出来たので家にいると、娘は私に近寄って来ない。

しばらくすると隣に来て座っていましたが、「パパは嫌い。ママがいい」とボソボソ言っていました。


その一件について、現在激しく反省しています。怒鳴ったところで状況は変わらないのは分かってるし、娘の成長にも影響を与えてしまうのは分かってる。今日のは完全に俺の理性が吹っ飛んでやってしまった行為。でもこんな時はどうしたら良いのでしょうか。今日は通勤中や休憩中などに心理学について調べたり人のブログを読んだり意見を参考にしてみようかと思ってますが、なかなか考えがまとまらない。子育て、難しい。


そして明日は大丈夫だろうか。今日は仕事から帰ると既に娘は寝ていると思うので会うことはありません。


さらにまた息子の手術が控えており、ママも付き添い入院をするため私と娘の2人だけの生活が始まります。娘が18ヶ月の頃に娘と2人だけの生活を経験して以来何度かそのような娘と2人だけの生活がありましたが、その時はわがまま言わずに何とか無事に生活が出来ていました。さすがに3歳となるとなかなかそうはいかないのですかね。


まずは明日どう接すれば良いのか。これから始まる娘と2人だけの生活を無事に過ごせるか。今後どのように子育てをしていけば良いのか。これから先どうすれば良いのか全く見えて来ない。。。


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手術の延期と緊急搬送

5月20日に手術予定だった息子。この日は息子の1歳の誕生日。去年のロス手術で肺動脈には人工血管を入れたけど成長に伴いサイズが合わなくなってきたので、交換する予定でした。


ロス手術に比べれば難易度は高くみたいだけど、また心臓を止めて切り開く手術のため、リスクは高い手術です。


しかし入院のために土曜日に病院へ行きましたが風邪ぎみで体調不良のため手術は1ヶ月延期が決定。そのまま帰宅。誕生日は家で過ごしたいという息子の思いが強かったのでしょうか。ここまでスケジュールの調整、準備、そして覚悟を決める気持ちの整理をしてきましたが、なんだかポッカリと穴が開いた気分。娘はみんないなくなってしまう覚悟を決めていたようで朝は悲しい表情をしていたけど、またみんなが帰ってきて嬉しいようでした。


予定が空いたため寂しい思いをさせてしまった娘と日曜日は娘と2人で鉄道博物館へ。


そして帰宅後にリビングでみんなで昼寝をしていたら気付くと顔中(洋服も)血まみれの息子の姿が。鼻血を出していた様ですが、血をサラサラにする薬を飲んでいるため出血したら止まらなくなります。

一週間ほど前にも仕事から帰ってきた9時くらいに家中血まみれということがありましたが、その時は息子は眠くて寝たため1時間半ほどで止血ができました。


しかし今回は昼寝後のため、全く寝る気配は無し。そして止血しようと思って鼻を触るとギャン泣きで出血がより加速する。どうにもならなかったので救急車を呼ぶことに。


なんとか2時間半くらいで止血はできたようでしたが、この先どうなっていくのでしょうか。ゆっくり夜も寝られない。とりあえず俺にできることは、たくさん情報を集めて何か起こった時の対策を行うこと。何か起こった時にみんなが不安に思わないように冷静を装うこと。


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成長した娘との会話

GWはなんだかバタバタしていましたが、息子は無事に明日退院できる予定のようでほっとしました。

昨日の夜は妻が病院で付き添い入院でした。夜は娘と2人っきりだったので娘と話をしていてると俺が「パパが病院でお泊りしていた間、ママと2人で楽しかった?」と聞くと、「パパがいなくて寂しかったんだよ」と言われました。

そのあと、「でもね、ママが好きなの」と言っていました。

寂しい思いさせちゃってごめんねと俺が言うと、娘が「大丈夫!もう忘れたから」と。

「寂しいけど頑張る!頑張ればまたママもみんな一緒だね!」と言っていました。

2歳児との会話とは思えない。全て状況は分かってるようでした。俺ら親にも気を使ってるかんじです。

「もう忘れたから」と言われた時には若干涙が出てきました。俺がウルっと来たのをじーっと見ていたので、それで「頑張る!」と言ったのかもしれません。

それまで娘はゲラゲラ笑ってたのに急に真顔で話している姿は子供のフリをしている大人にしか見えなかった。こんな会話も出来るようになってたのかと成長している娘の姿に驚きました。

この子がいなかったら俺の精神状態は完全に崩壊していただろうなー。
 

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息子の緊急入院

52日から入院している息子とGWは2日間付き添い入院しました。なんだか元気そうだから良かったけど、うちの子の場合はちょっとした風邪でも重症化してしまうので大事をとってというかんじです。



今回はいつもの病院ではなく、家から近い病院で入院。GWは入院があって何処へも出かけられないので、付き添い入院はちょっといつもと違うかんじの旅行気分。



しかし、この病院には補助ベッドが無いため息子と同じベッドで寝る予定。そして眠りの浅い息子&周りの子の夜泣きで夜は寝られないと妻に言われた。


こんな旅行気分なんて翌日の朝も同じことを言っていられるでしょうかと思っていましたが、夜8時には電気が消えて息子もすぐに就寝。やる事ないからと俺もゴロゴロしていたらいつの間にか朝でした。落ち着いて寝られるようなの環境ではないが、それより俺の睡眠力が上でした。


よく考えたら息子とこんなに2人でずっと一緒にいてあげたことなかったかも。家にいると上の子がいてどちらかだけに付いてることはできないけど、しっかり見てあげるとこんなに成長していたのかーと実感。ちょっと幸せな気分になりました。


息子もなんだか嬉しそうにしているように見え、満面の笑みで直視してきます。男の子は感情表現がわかりやすい。


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妻と息子が入院している間のパパと娘の2人生活

よく考えたら息子の心臓に異変が見られたのは約1年前。今は落ち着いてますが、去年はこのくらいの時期から秋くらいまでバタバタしていました。そしてあっという間の 1年間でした。


息子の入院に妻が付添うなどで私は2 歳の娘と 2人で生活をしていた期間がありました。その間の激動の日々を思い出したので、その時の1 日のライフサイクルを自分が忘れないようにするためにも残しておきます。


息子が入院いていた経緯などはこちらから

http://blog.livedoor.jp/iwt1242/archives/2644620.html



5時00

⚫︎起床

⚫︎2人分の朝食の準備


5時20

⚫︎娘を起こす

⚫︎オムツを替える


5時30

⚫︎二人で朝食

⚫︎自分は先に食べ終えて娘が食べている間に食器の片付け


600

⚫︎自分の歯磨き、髭剃り、着替えなど


620

⚫︎布団をたたむ

⚫︎娘を着替えさせる

⚫︎保育園の連絡帳を書く

⚫︎ゴミ捨てに行く

⚫︎晩御飯のお米をセットする


710

⚫︎保育園に向けて自転車で出発


740

⚫︎保育園からの帰宅後すぐに会社に向けて出発


845

⚫︎出社


1600

⚫︎退社


1700

⚫︎家に到着

⚫︎自転車に乗って保育園へ出発


1710

⚫︎保育園到着、帰りの準備

⚫︎必要があれば買い物をして帰る


1745

⚫︎家に到着

⚫︎ご飯の準備


1830

⚫︎娘に晩御飯を食べさせる

⚫︎その間にお風呂の準備

⚫︎その間に洗濯物を取り込む


1900

⚫︎娘とお風呂に入る


1930

⚫︎娘に歯磨きをさせる

⚫︎布団を敷く

⚫︎寝室でゴロゴロ


2000

⚫︎娘が就寝(なかなか寝てくれない日はこれ以降が全て後ろ倒しになる)

⚫︎自分のご飯を作る&食べる

⚫︎妻に息子の状況を聞く


2100

⚫︎食器を片付ける

⚫︎洗濯をする(朝は時間がないから夜にやる)

⚫︎前日にした洗濯物をたたむ

⚫︎翌日の保育園の準備をする

⚫︎少しだけ部屋の片付けをする


2200

⚫︎全ての作業が終了、ほっと一息


2230

⚫︎就寝

⚫︎娘の夜泣きで何度か起こされる


お互いの両親にも協力してもらい、『保育園のお迎え& ご飯を食べさせる』あたりはやってもらったりしていました。その日は私は定時の1730 分まで仕事で 19時前くらいに帰宅。


ちなみに、娘と2人だけの生活期間は、下記の通り。

出産前の日大板橋病院での妻の検査の1週間

出産前の榊原記念病院での妻の検査の3日間

出産準備から出産・退院までの1ヶ月半

●9月の検査入院の1週間

●12月に容態が思わしくなかった際の3日間  


土日は基本的に娘を連れて電車で片道1時間半かけて病院に通っていました。  


必要最低限のことしかやっていなかったから仕事量的には大したことはないけど、なんといっても大変なのは自分のペースでできないこと。こうやって書いてみましたが、これはあくまで目標というか基準であり、2歳になる前の子の意味不明な行動(いきなり泣き始めたり、抱っこしろと要求したり、なかなかご飯食べなかったり、着替えさせようと思っても逃げ回ったり、なかなか歯磨きをしなかったり、急にお茶をこぼしたり、等々)が途中でたくさん加わります。


最初の数日は娘との二人の生活を楽しむくらい余裕はありましたが、子育てをしていればこのくらいは当然だし、私自身も何もなければなんとか頑張れましたが、突然手術をするなどの急な病院からの呼び出しもあったりすると大変で、この先の病状に対する不安も大きくなるし、急いで仕事のアポイントの変更をしたりなどもあり、普通の生活に加えて常にイレギュラーなことが起こって明日はどうなるのかという不安が毎日ありました。  



仕事も早退したところでやるべき事は変わらないため、いかに無駄を省き、優先順位の高いものから順に効率的にやるかということを大切にしていました。そして、今まで無駄な作業がどれだけあったのかもよく知ることができました。


もちろん息子の様子が心配というのが1番大きいのですが、自分がなんとかしなくてはならないというプレッシャーも予想以上に大きくのしかかってきました。しかしそんな表情を娘に見せると伝わると思うし、ただでさえママに会えない寂しさで辛い娘なので、とにかく日々笑わせようと必死でした。  


今になって思うことは、相談できる人がいれば少し楽になっていたのかなとは思います。家に帰ってきても娘はまだ2歳だし、仕事を詰め込みまくった勤務中には雑談する余裕もなかったので、吐き出すことができればまた違っていたのかなとも思います。


本当に大変な日々でしたが、過去の思い出として良い意味で捉えたら充実していたように思えます。もう一度やれと言われたら思い出しただけでも吐きそうな気分になります。12月の入院が確定した際も体から血の気が引くようなかんじははっきり覚えています。

妻には文句ばかり言っていますが、今はいろいろやってもらっているので妻がいてくれる生活に感謝してます。パパ1 人では無理です。


入院中にお世話になったファミリーハウス

息子の出産、手術は調布にある榊原記念病院で行い、その後の現在も通院をしております。自宅が赤羽なので病院までは片道約1時間半かかるため、通院も楽ではありません。今は月 1の通院なので負担はそこまでではありませんが、息子はまだ人混みを避けなければならないため、毎回車で通っています。今のところここ最近は病院に行くことが家族4人で出掛けられる唯一の機会であるため、娘は病院に行くのは楽しみにしているようです。


息子が生まれた直後の1週間ほどは妻も産後のため病院に入院していましたが、その後も息子と一緒にそのまま入院しているわけにはいかず、しかしいつ容態が変化するかも分からない息子を放置することもできないので、妻は帝王切開をした出産直後の体で真夏に毎日片道 1時間半かけての通院か、近くのマンスリーマンションを借りたり近くのホテルで退院するまで妻だけ過ごすということを覚悟していました。


そういった子供が入院していても家が遠くて親がなかなか病院へ通えないというような方のために、とても便利な施設があります。他の大きな病院の近くにもこのような施設があるとこもあります。

http://www.jhhh.jp


私たちがお世話になったファミリーハウスは病院から徒歩数分のところにあり、1 11000円程度で泊まることができ、部屋も普通の一人暮らしくらいの普通の部屋です。電気ガス水道も使え、冷暖房完備、洗濯機、テレビ、布団、そして米などの食料も少し置いてあり、数日間過ごすには全く問題ありません。


この家を貸している大家さんは病気の子供やその親を助けたいと思って提供している方で、部屋の掃除や家具などの準備等はNPOの方やそのボランティアの方々に協力頂いているようです。


我が家は妻が1人で数週間この施設を利用して、毎日病院に通っていました。私と娘も週末に泊まりに行きました。ここのおかげで片道 1時間半かけて通わずに済み、ホテルやマンスリーマンションを借りるより明らかに安く済みました。


我が家からは片道1時間半なのでまだまだ良い方ですが、それこそ榊原記念病院のような全国から治療に来る人がたくさんいる病院の近くにあるというのはとても便利なのではないでしょうか。


こういった情報を集めるのに情報の少なさには苦労しましたが、このようなこと施設があり、このようなことをやっている方がいるなんて息子の病気がなければ知ることはなかったかもしれません。これも息子のおかげです。息子は我々にいろんなことを教えてくれています。困っている人を支えてくれている人が世の中にたくさんいるということも知りました。ボランティア等をやられているのか私はお会いすることはありませんでしたが、とても感謝しております。それぞれみなさん思いがあってやられているのでしょう。私も落ち着いたら頂いた恩を返していきます。


生後5ヶ月経過

以前も息子の病気について書きましたが、その後の息子の様子です。


522日に生まれ、数度の心臓手術を経て 714日に無事に退院していましたが、その後の通院による検査であまり状態が良くないと診断され、 911日から再度入院して検査をすることになりました。


手術して移植した大動脈弁を含めた大動脈や、人工血管を入れた肺動脈は悪くなっている様子はないようでしたが、だからといって良い状態ということでもなく、僧帽弁の逆流も4段階中 3段階くらいの悪い状態のようでした。


さらに今回の検査結果により、新たに肺高血圧も引き起こしていることが発覚しました。肺の血圧が高く、酸素が上手く全身に送り出せていないようです。


3日間の検査入院の予定でしたが、様子を見るということで入院は1 週間延長されました。


そして、家に帰宅してからは酸素吸入が必要となりました。自宅では酸素吸入器を使っていますが、外出時は携帯の酸素ボンベを持ち歩くので若干大変です。


この自宅に設置した機械は、周りの酸素を集めて濃縮させて送り出す機械のようです。 ここで 2年前に禁煙したことの効果が最大限に発揮されました。タバコによる悪い空気を濃縮さして吸わせてしまったら状態は悪くなってしまうでしょう。タバコ辞めておいてほんとよかった。

そしてもちろん酸素なので火を近づけると爆破します。歩きタバコがやたらと目に入るようになりました。


そんな状態ではありますが、すくすく育ってきており、大きさや成長も長女の時とほぼ同じくらいに元気に育っています。もちろん見た目も写真の通り普通の子ですが、人間の1番重要な心臓という目に見えない場所に問題があるので、常に何かないか心配してしまっています。


長女にはたくさん話しかけてあげていたからなのか、今ではマシンガントークのようにずっと喋っています。しかし弟も負けずにとてもよく笑い、まだ言葉にはならないけどたくさん何かを言ってます。


家族もみんな今のこの生活には慣れてきたけど、まだまだこれから予測もできないいろんなことが起きるのでしょうね。


娘のメンタルケア2

息子のことがあったので息子のことでいっぱいいっぱいになってしまっていましたが、娘のメンタルケアもとても重要です。 今年のお盆休みは10日間ありましたがまだ家族全員でのお出掛けは難しいので、お盆は娘と二人で出掛けることが多く、近場に二人でアイスを食べに行ったり、ショッピングモールにお出掛けするなどして過ごしていましたが、少しは遠出もしたいかなと思い、娘と二人で成田ゆめ牧場と成田空港へドライブデートへ。 とても怖がりの娘。羊や牛を見て可愛い!と言いながら絶対に抱っこから降りず、すごい力でした。ベビーカーは嫌だから歩きたいと言うので歩かせたにも関わらず、ほとんど抱っこでの移動でした。 そして帰りに立ち寄った成田空港でも飛行機に大興奮していました。 まだ2歳になったばかりですがとてもよく喋るようになり、何を言っているのかほぼ分かるようになりました、お互いの言っていることも理解できるようなってきたので意志疎通にはあまり不自由なくできるようになってきましたが、基本的には起きてる間はずっと喋ってます。さすが我が子。 元気に楽しそうに毎日過ごしていますが、時折寂しそうな表情も見せます。夜中は寝言で毎日のように「ママー」とよく泣いてます。突然ママが2ヶ月間もいなくなったのですから、娘の精神的ショックはかなり大きかったと思います。娘のメンタルケアも今後の課題となりそうです。
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娘のメンタルケア

ちょっと前の話ですが、息子が退院する直前の7月2日に初めてアンパンマンミュージアムに行きました。

息子の手術などで息子のことでいっぱいいっぱいになってしまっていましたが、娘のメンタルケアもとても重要です。

入場前は眠くて若干ぐずっていましたが、中に入ると興奮して夢中になって無言で走り回ってました。
昼寝から起きて「今日どこに行ったか覚えてる?」と娘に聞いてみたら、「ん?・・・。あ!!アンパンマン!」と思い出したようで、その後もその日はずっと興奮していました。そしてその日以降、アンパンマンがさらに好きになったようです。


長男のことで一番頑張っていたのは娘でした。たくさん我慢もしていたと思います。突然ママがいなくなり、訳も分からず急にパパと二人っきりの生活。しかし、何かを感じていたのか、その間「ママ」という言葉をほとんど発しませんでした。

娘がいたからなんとか俺らのメンタル面は維持できていたと思います。楽しそうに遊んでいる姿を見てるとこっちが楽しくなってきます。いつも娘に遊んでもらっているようです。


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息子の退院

前回投稿した7月9日から我が家、そして我が息子の状況に変化がありましたので報告です。 妊娠中に大動脈弁狭窄症が発覚し、5月22日に生まれて6月14日にロス手術をやった我が息子。7月14日、急展開ではありますが息子は無事に退院しました。 退院1週間前の7月8日に病院に行った際、このまま順調なら来週末の退院も目指せますよ!と言われていました。しかし、あのような大手術の後だったので半信半疑ではありましたが、まさかの展開で無事に退院してきました。 退院前の説明によると、移植した大動脈弁は無事に機能しているとのことでした。しかし、移植した血管は体の成長と共には成長してくれないので、早ければ1歳くらいで再度移植手術をしなければならないようです。 さらに、左心房と左心室をつないでいる僧帽弁は逆流を起こしており、危険度は4段階中3~4くらいの状態のようです。大動脈弁のように緊急性が高いわけではないようですが、状態によってはまたこちらも手術が必要になるようです。 しかし出産前には、無事に生まれないかもと言われたり、生まれても手術室まで辿り着けないかも、それを乗り越えても様々な障害が待ち受けていると言われており、上手くいけばフォンタン手術で1心房1心室にして生きていけるかもとの話でしたが、人工血管が入ってるとはいえまさかの2心房2心室という普通の状態で退院できました。 上手くいっても退院までは半年くらいかかるんじゃないかなと思っていたため、退院の準備も大慌てでした。 そんな状況ではございますが、家に帰って来てからの我が息子はとても元気に過ごしています。たくさん泣くし、たくさんミルクも飲みます。2800gで生まれ、退院前は2300gまで減ってしまいましたが、本日7月30日現在では4200gを越えるまで大きくなってくれました。 息子は元気に育っており、普通にやりたいことをやらせてあげて大丈夫なようです。だだし、アスリートになるなど、激しい運動な無理みたいですけどね。 しかし、風邪などには気を付けないといけないようで、ひいてしまったら重症化してしまうようなのですが、そんな中、空気を読めない私は退院4日目に39度越えの風邪をひいてダウンしました。なんとか息子にはうつらなかったので安心しました。 息子が退院してから一番の変化は、先日2歳になったばかりの娘でした。娘は息子が可愛くて仕方ないようで、息子が泣けば「大丈夫?」と言い頭を撫でてあげています。朝起きて横にいないと心配そうにしています。そして息子が笑えば「笑った!」と嬉しそうにしています。 そして私は、娘と二人っきりの生活で何とかしなければというプレッシャーや、様々な不安が少し解消されたということが関係していたのか、なぜか突然一時的に無気力状態に陥りました。今はもう何ともありませんが、それまでの反動だったのでしょうか。以前、メンタルヘルスマネジメントの勉強をして資格も取得したのでその分野については少し詳しいのですが、確かに高いレベルのストレスはあったと思われます。 この数ヶ月で環境や心境の変化があまりにもありすぎですが、数ヶ月前にはこのような生活が来るとは思ってもいなかったので、何だか不思議なかんじです。
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生後1ヶ月で行ったロス手術。心疾患発覚から出産、手術までの約4ヶ月間の記録。

2017年5月22日に我が家に家族が増えました。男の子です。上の子はもうすぐ2歳になる女の子なので、我が家は一姫二太郎です。 
しかし妊娠30週の検査で息子の心臓に「大動脈弁狭窄症」という病気が見つかり、息子はまだ退院出来ず治療中です。 うちの子はその中でも重症でかなりの難病のようで、一時は生死の境目をさまよいましたが、今では驚異的な回復力を見せています。 

 これまでの奮闘記を残しておきたかったことと、私の周りには同じような経験をした人もなかなかいなくて今回のことを相談できる人もほとんどいなかったし、調べてみても情報も少なかったため、もし今後誰かの役に立つことができればと思い、この激動の3ヶ月間で起こったことを書くことにしました。 (まだ治療段階ですが、2017年7月9日現在までの状況です)

心疾患発覚。大動脈弁狭窄症

妊婦健診で見つかった心臓の違和感

2017年3月30日 妊娠30週の産婦人科の検診で心臓に異変があると分かり、妻は翌日に大学病院へ診察に行き、そのまま入院して検査をしました。 しかしそこでははっきりとした状態は分からず、より心臓に詳しい別の大学病院を紹介してもらい、4月10日にそちらで検査をしました。 検査結果は「大動脈弁狭窄症」というものでした。 この病気の治療ができる病院は都内でも限られており、この子のために何がベストな選択か検討した結果、心臓外科で最も有名な榊原記念病院で出産し、治療をお願いすることを決めました。 

榊原記念病院での診察

4月20日に榊原記念病院に行き、そちらでも改めて検査をしましたがやはり診断結果は変わらず、大変な道のりになることを告げられました。 しかもうちの子の場合、大動脈弁狭窄症の中でも特に重症のようで、病院の先生からは無事に生まれるか分からないし生まれたとしても手術室に辿り着けるかも分からない、それを乗り越えたとしてもこの先もリスクの高い難しい手術が何度もあり、どうなるか分からないと言われていました。 また、治療を続けても回復できない状態になった場合、終わりの見えない治療を続けて行くことへの意味、つまり治療を途中で止める決断も考えるようにと言われ、この子の抱える病気の大きさと今後に絶望感しかありませんでした。 

大動脈弁狭窄症とは

 この病気の説明はとても難しいのですが、そもそも心臓は全身を流れてきた血液が大静脈を通って右心房に入り、その後右心室から肺動脈を通って肺に行き、その血液が左心房を経由して左心室に行き、左心室から大動脈を通って再び全身に流れるという働きをしています。 しかしうちの子の場合、左心室と大動脈を繋いでいる大動脈弁の機能が上手くはたらいていないため、左心室から全身に送り出す血液の量が少なく、さらに大動脈弁から逆流も起きてしまっていて、そのために左心室が肥大して機能が低下しているという診断結果でした。 そして、左心室の影響により、左心房と左心室を繋いでいる「僧帽弁」も狭窄を起こしており、左心房も機能が低下していました。さらに、全身へ血液を送り出す大動脈が細くなる「大動脈縮搾」も起こしている状態でした。

 しかしそれでもお腹の中で元気に育っいる理由は、胎児は上記のような流れとは異なった循環をしていたことによるもののようでした。

 胎児の時のみ右心房と左心室を繋いでいる「卵円孔」というものと、肺動脈と大動脈を繋いでいる「動脈管」というものがあります。 そのおかげで左心室の負担が若干軽減されており、それがあるおかげでお腹の中では育っていますが、生まれたらこれらは自然と無くなってしまうものであり、さらに呼吸が始まることにより肺へ大量の血液の流れが始まるため、血液の流れがそれまでとは変わってくるため、まずはそこをコントロールする治療計画から立てました。

手術計画。ノーウッド手術、グレン手術、フォンタン手術。

生まれて24時間以内に無くなってしまう動脈管をすぐに閉じないようにプロスタグランジンという薬で動脈管を開けておくという措置を取ります。 

そして、これもまた生後すぐに閉じてしまう卵円孔をカテーテルで広げます。また、肺へ流れる血液が多くなるため、今度はその量を調節するために肺へ流れる血管を少しだけ縛るという措置を取ります。

 このことにより、生まれたあともお腹にいた時と同じような血液の流れを作り出すことができます。しかし、これらの措置はこのあとに行う手術が出生直後より少し時間が経って少しでも体力が付いてからの方がリスクが低くなるために、あくまでそのための時間稼ぎのものでした。 

 その後、ある程度体力が付いた段階で、大動脈と肺動脈を繋ぐ「ノーウッド手術」を行い、その後大静脈と肺動脈を繋げる「グレン手術」を行い、最終的には左心房と左心室の機能を捨て、右心房と右心室のみで生きていける心臓を作り上げるという「フォンタン手術」をおおよそ2年ほどの計画で行うことになりました。

 フォンタン手術まで辿り着ければまだ良いのですが、そこまで辿り着けずにノーウッド手術だけや、グレン手術までしか状態によってはできない場合もあり、そうなるとやはり何かと様々な問題が出てきてしまうリスクもあるようですが、まずは生きていくためにはこれがベストならということで、そのような計画で行くことになりました。 

 そんな計画を立てていましたが、それらはあくまで無事に生まれたらというものであり、まずは生まれてくるまで安静にして慎重に様子を見ていきました。

 生まれた直後にどのような対処も可能になるよう、自然分娩ではなく、予定帝王切開での出産となりました。 

高橋幸宏先生との出会い

 出産予定の2日前。 執刀医の先生より今後についての説明がありました。執刀医の先生はここの病院の副医院長の高橋先生で、数多くの実績を持つ神の手と言われている方でした。そんな先生に手術をしてもらえることはとても幸運なことで、とても恵まれたことでした。

出産当日


9時から帝王切開をするために運ばれて行き、9時36分に無事に生まれたという報告を聞き安心していると、10時半頃に私だけPICUに呼ばれ、そこで生まれた子を見ることができました。

 当初の計画通り、薬を使って動脈管を閉じないようにしていたため、まずは無事に生まれて落ち着いた様子でした。 しかも予想外に状態が良いとのことで、肺動脈を縛るという措置を行うのはまた後日の方がリスクが減るとのことで、まずはこの状態を維持するために卵円孔をもっと開いた状態にする必要があるので、カテーテルでそれを行うことになりました。 

しかも11時にスタートするとのことでもう時間もく、説明を聞き、同意書にサインをしてすぐにカテーテル治療が開始されました。 そこまで難易度が高いものではないけど、必ず成功するものでもなくリスクはありますと言われましたが、これは無事に成功し、とりあえず一安心できました。

2回目の手術


次の手術は5月30日。 肺へ送る血液量を調節するため、肺動脈を縛るというのがメインの手術でした。これは心臓を切り開いて行う手術のため、一度心臓を止めて人工心肺を体に取り付け、その間に肺動脈を縛るということをやる手術でした。 

これも調節が難しいようで、きつすぎても緩すぎてもだめなようです。

最初は血管を縛って10ミリにしてみたけどそれでは緩かったため、9ミリにしたら血流が良かったため、その太さにすることになりました。人工心肺を取り外し、自分の心臓を戻したらすぐにしっかり動いたため、手術は無事に成功しました。 

しかし、この手術が本当に成功したかどうかはその後の経過が重要で、しっかり血液が流れていれば尿が出るようになるため、尿が出るかどうかが重要でした。 

ですがうちの子はそこもしっかり乗り越えてくれ、ICUを5日ほどで出ることができ、PICUへと戻っていきました。 

その後は母乳も飲むようになり、体力も付いて免疫力も上がってくるという状態になってきました。

手術計画の変更・ロス手術

まずここまできたのが奇跡に近いのですが、その後の様子を見ていたら、左心室が奇跡的にもしっかり働き始めるようになってきました。

 この状態なら、フォンタン手術で左心房と左心室をダメにせず、左心房と左心室を生かして2心房2心室という普通の状態でいける「ロス手術」というものが可能となり、そこから手術計画を変更することとなりました。 

しかしロス手術をやってみてだめだったからやっぱらフォンタン手術に切り替えるということはできないため、手術の選択も非常に重要なものでした。 その時のその状態が手術をするのにベストな状態だったため、しばらくするとまた状況が変わる恐れがあったので、6月13日に手術が決定してその日のうちに病院から呼ばれて手術の説明を聞き、急遽6月14日に手術を行うことになりました。 

 しかしこのロス手術もまたものすごく難しいものでした。大人であれば大動脈弁を人工弁に置き換えることが可能なようですが、子供の弁は小さいためにそれができず、簡単にいかない治療のようでした。 

そのため、大動脈弁を人工弁にできないなら自分の肺動脈を弁も含めて大動脈へ移植するというものでした。肺動脈があった場所には人工の血管を移植する必要があります。

 もちろんこの手術は前回同様に一度心臓を止めて人工心肺を取り付けて行うため、様々なリスクを伴います。 

そして前回の手術で縛っていたものを取り除き、さらに肺動脈を大動脈に移植するには肺動脈についていた1ミリ程度の頸動脈2本も切り取り、移植後に再度縫うということも必要となり、1ミリ間違えたら失敗という難易度の高い手術でした。

さらに、大動脈の縮搾部分も切り取る手術も行うことになりました。 この手術しか助かる方法がなかったのですが、うちの子のように小さい子でこの手術ができる医師は日本にはほとんどいないようです。

 執刀医である高橋先生は日本を代表するロス手術の名医であるので大変心強く、そのような方に手術をやってもらえるのは嬉しい限りでした。 しかし高橋先生でも年に2~3人しかやっていない手術のようで、さすがの高橋先生もこの手術は気合いが入る手術ですとおっしゃっており、手術の難しさを感じました。 

 手術の直前の面会で、私は初めて子供の泣き声を聞くことができ、目が開いてるとこを見ることができ、抱っこをすることができました。 それまでは動いている姿を見たことがなく、手術をしたらまたしばらく動けなくなってしまうので、その前に見ることができて少し安心しました。 そして手術室へ向かう直前の見送りの際、すごい笑顔で我々を見ていました。

3回目の手術・ロス手術

手術は約7時間かかりましたが、ほぼ予定通りに無事に成功しました。手術が終わって執刀医の高橋先生から説明がありましたが、最後に「時間かかっちゃってごめんね」と言われました。 夜遅くまで及ぶこれだけの大手術で相当疲れているにも関わらず、そのようなこと言える気配りにもこの方の人間の大きさを感じます。 人工心肺を外して自分の力で自分の心臓を動かせるようになるのが術後1週間以内でないと感染症や脳の障害など様々な危険が出てきてしまうみたいでしたけど、うちの子は術後すぐに自分の力で心臓が動くようになったようでした。

ロス手術後

ちょっと脈が弱くてペースメーカーを着けていましたが、それほど問題はないようでした。あとはしっかり血が循環して尿を出せるようになればほぼ成功。 それまでには少し時間がかかるとのことでしたが、我が息子は翌日には尿が出るようになっており、驚異的な回復力を見せています。

 切り開いた胸をすぐに閉じてしまうと圧迫させてしまう可能性があるため、開けっ放しにして手術室から帰って来ました。 しかしこの状態は感染症などのリスクも残っていました。

一週間くらいで閉じられればとのことでしたが、またまたこの子の驚異的な回復力で、術後3日で閉じられました。 

そして術後5日目に呼吸器が外れ、術後6日目には少量ですがミルクを飲み始めました。手術前の話では、1週間以内に人工心肺が外れないとという話でしたが、1週間以内にここまでの回復はさすがに考えていませんでした。 

ここまで来るともうこの子の心臓の強さが怖くなってきました。手術前のあの笑いはこれから起こることを予感していた笑いだったのでしょうか。 とにかくここまで奇跡が続いており、この子の生命力の強さに驚かされていました。

 そして術後1週間でPICUに戻っていきました。さらにその翌日の夜に病院から電話があり、急な入院などが増えてしまいPICUがいっぱいになってしまったため、PICUで一番元気なうちの子が小児病棟へ移動することとなりました。

 さらに術後10日目にはドレーンも外れ、ペースメーカーも外れていました。術後12日目には私が抱っこしながら5cc程度ですがミルクを飲ませることもできました。

さすがに回復が早すぎる。 周りはみんなすごく心配しているのに、何事もないかのように様々な関門の突破してくれています。泣き声もかなり大きいようなので、心臓に毛が生えているかもしれません。 無事に回復すれば、あんなに絶望的だった心臓が奇跡的に元気な心臓に生まれ変わるりそうなところまできています。 

アスリートになるのは無理でも普通に生活をするには問題ないくらいにはなるようです。 ここに至るまで、何か一つでも欠けていたら今のような結果になっていなかったかもと思うと恐ろしくて仕方ありません。 妊婦検診で心臓の異変を見つけてもらえたこと、榊原記念病院を選んだこと、無事に出産までお腹で元気で育っていたこと、高橋先生に手術をやってもらえたこと、卵円孔と動脈管が生後もしっかり確保できたこと、バンドの閉め具合がベストだったこと、奇跡的に左心室の機能が向上したこと。ロス手術が無事に成功したこと。 そして、ここに至るまでにお世話になった方には感謝してもしきれないくらいの思いがあります。 

最初に異変に気づいてくれた産婦人科の先生、その後の大学病院で診察して今後のアドバイスをくれた東先生や与田先生たち、執刀医として手術をしてくれた高橋先生、嘉川先生、小宮先生、斉藤先生、鈴木先生、産科や小児科をはじめとした榊原記念病院の先生たち、妻が退院後に病院の近くで家を貸してくれた安村さん。

 こんなにも多くの人に助けられたのはとても幸せなことで、これから恩返しをしていきます。

パパの育児生活

嫁は3月末から入退院を繰り返し、GW開けからは家から1時間半くらいかかる病院に入院して1ヶ月以上帰って来られなかったため、その間の私は感情的にどん底の状況でしたが1歳10ヶ月の娘の面倒見なくてはならず目が回りそうな日々でした。 

お互いの親にも助けてもらったり会社は時短勤務もさせてもらいましたが、毎朝毎晩のご飯やお風呂に洗濯、寝かしつけ、買い物、保育園の準備と送り迎え等々と、体力的もそうですが俺がコケたらというプレッシャーなのか、精神的にかなりハードな日々でした。 しかし娘も突然ママがいなくなった状況で寂しかっただろうけどよく頑張っていました。

ママが帰ってきてからの甘えっぷりはすごすぎです。パパと二人っきりの時はあんなにパパーって甘えてきて、保育園に送って行った時の別れ際では毎日チューしてくれていたのに、今ではパパを嫌がるように「パパ、バイバーイ」と笑って手を振ってきます。 そしてもうパパとは一緒に寝たくないようです。しかしママが見えなくなると怒ってしまい、物を投げるようになってしまいました。 

そんな状況で、激動の日々を過ごしてとてつもない経験をしました。しかし家族の絆は強くなったように思えます。手術で子供も頑張っていましたが、他の家族や親戚もみんなが頑張って支えあった日々でした。 

 まだまだ終わりではなく、先の見えない治療が続いていきますが、この子のためにできることは今後も全てやってあげるつもりです。そして、この子の生きていく姿を見られるというまた新たに見つけた人生の楽しみを満喫していきます。 今後についてはまだ安心できる状態ではありませんが、また状況に変化がありましたら書いてみたいと思います。 3

ブログはじめます

ブログはじめます。 今まで会社のFacebook記事を書くくらいでブログを書くことなんてありませんでしたが、二人目の子供が生まれたのをきっかけに、ブログを書いてみることにしました。 というのも、先日生まれた我が息子。妊娠30週の検査で息子の心臓に「大動脈弁狭窄症」という病気が見つかり息子はまだ退院出来ず治療中です。 うちの子はその中でも重症でかなりの難病のようで、一時は生死の境目をさまよいましたが今では驚異的な回復力を見せています。 妊娠中に心疾患が発覚してから激動の日々が始まりました。 だからといってあまりネガティブな気持ちにはなっておらず、今ある現実でどう生きて行くか、どう楽しんで行くかと意外と前向きに考えています。 そん なわけで、今までとは違う生活やその時の感情をしっかり残しておきたいということと、もしこれから同じような状況になった人に何かしら役に立つようなことかあればと思い、気が向いた時に書いていきます。 090

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